ここでは、生産者と消費者の垣根が無くなるか、限りなく低くなることであり、相互に「信頼」の虹の架け橋をかけ合うことになる。第二は、構想作りまでは市民主導、具体的な計画づくりから行政が陰で支える形のパートナーシップで進めてきたことである。また、ごみ対策から始めた事業ではなく、このまま化学肥料と農薬から痛めつけられる農地からは、命を支える「安全な食」の確保は難しくなる、何とか土を蘇らせたいと立ち上がった農民の熱い思いと、命に安全な地元産の農作物が欲しいと言う消費者の思いが一つになりこの事業を生み出した。市民も行政も議会もこれを理解し、共に協力し取り組んでいることであり、補助金の切れ目が事業の衰退を招きがちなこれまでの例とは異なり、市民ぐるみの事業として育っていることである。
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多くの市民が手弁当で検討を重ね、構想8年目にして堆肥工場が操業。今年で2年を経過したが、事業開始前に比べて生活系可燃ごみが3分の1も減少している。堆肥の生産量は600トンを超えて順調、売れ行きも人気が高く品薄気味である。今は、その堆肥を使用した有機栽培技術の確立を図るため県の指導を仰いでおり、生産者の意欲も高い。一部の作目を除き本格的な生産出荷はこれからになるが、この堆肥で育てたレインボーそば、レインボー大豆を原料にした豆腐、レインボー野菜をふんだんに使ったラーメンの商品化など、各業界が自主的に取り組み始めたことがうれしい。厄介ものの生ごみが、環境にやさしい市民を育て、農業をはじめ地域経済に活力を与えるエネルギーになりつつあることは痛快でさえある。
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レインボーの堆肥で育てた農作物が、生産者・消費者の双方が納得出来る価格で流通出来るようにとの課題も残されているが、我々が目指す地域循環のゴールは遠くないと感じている。それは生ごみ分別の見事さである。5千世帯から出される年間1200トンの生ごみからはじき出される異物(ビンの王冠など金属類)の量は約90キログラム、わずか7%強にすぎない。これまで堆肥工場に訪れた8千人の視察者は、この事実に一様に驚異と賞賛、そしてせん望のため息を漏らして帰る。分別が出来ずに休廃止に追い込まれる堆肥工場が少なくない中で、優良施設として評価されているのは市民の誇りである。
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これを成し遂げ得たのは、単なるごみ処理問題として始めたものでなく、台所から土づくりの参加を呼びかけたこの事業のコンセプトの確かさであり、ごみ問題という社会的な課題を行政任せにしないで取り組んできたところにあったと見て良い。手順を踏み、時間を掛け、合意形成を図りながら進めてきたからであり、市民が自らの課題に挑戦し今日があることを思えば、これからの課題も乗り越えられると見ている。またその芽吹きが始まっている。
企業はいま、リストラの嵐の中で壮絶な生き残りを懸けて全社員がそれぞれのポジションでしのぎを削っている。それでも連鎖倒産がある。厳しい環境にあるのは地域も同じ。行政におねだりする時代は過ぎたと見なければならない。 |
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そこに住む市民一人ひとりが「このまちを良くしよう」と必死に知恵をだし汗を流さなければ企業同様生き残れない時代であることを認識しなければならない。長井市民は、そのことを感じ取り、レインボープランの推進に「市民みんながボランティア」で汗を流しているのである。
21世紀は環境の世紀といわれており、これまでの半世紀と同じ経済重視の生き方しか出来なければ、生き物が生存できる保障はないといわれている。環境問題は人を愛する心、生き物を慈しむ心がベースにならなければならない。人や生き物を愛せなくて住みよいまちなど作れるはずがないのである。
経済が優先され、わき目も振らず稼がなければ生きていけなかった流れの中では、花鳥風月、自然を愛でるゆとりなど得ようとしても出来なかったが、今、それを取り戻さなくてはならない。子どもたちとともに、風のささやきに耳をそば立て、夕日の美しさに感動し、動植物・昆虫など生きとし生けるものに心を通わせる生き方をしなければ、環境問題などは経済の単なる小手先の修正にしか位置付けられないのではないか。「お金持ちニッポン」の看板も色あせてきたが、21世紀の我が国は、環境大国として世界から尊敬される国家にならなければならない。それには命を大切にすることの出来る人を育てることに掛っているような気がする。レインボープランは、そのような視点で「環境と循環のまち」をつくり、「小さな世界都市」になりたいものだと思っている。 (この文章は平成11年3月にご寄稿していただいたものです。) |