
パンジージャンプはまだ歴史の新しいスポーツである。
ニューカレドニアのバヌアツで勇気の証として行われていた儀式を近代化したものであり、ニュージーランドで最初に行われたといわれている。イギリス貴族の若者がタキシードにシルクハットで手にはシャンパンを持ちブックバンドで作ったパンジーコードで飛んだのが最初との情報もあるが、ニュージーランド人のA・Jハケット氏がエッフエル塔で飛び、最初に世界に知らしめて事業化した。
現在、何種類かのパンジージャンプがある。
トラデイッショナルパンジーと呼ばれるブリッジパンジージャンプは朝日村で行われているバンジージャンプで、足首にパンジーコードを取り付けて橋の上からジャンプする本来のパンジージャンプ。
タワーパンジージャンプは、人工タワーで行われている遊園地用のパンジージャンプ、そしてロケットパンジージャンプ、横パンジー等がある。ブリッジパンジージャンプは一見単純そうに見えるが、実に計算されたスポーツである。緻密な計算とジャンプマスターの経験とセンスで、1センチ刻みの調整が可能となる。パンジーコードは、その日の気温、湿度、連続使用しているときの伸びの変化、ジャンパーの体重、身長、精神状態などがすべて計算されて、1人ひとりのセッティングが行われているのである。このためジャンプマスターの育成には、3年程度の訓練と経験が必要になる。
(有)日本アウトドアシステム (JOS)は、日本人によるパンジージャンプを山形から全国に、そして世界に進出することを目標にしてきた。初年度から4年間はニュージーランド人ジャンプマスターを常験させてトレーニングを受けた。JOSパンジージャンプマニュアルを完成させ、現在日本人ジャンプマスター六名、ニュージーランド人ジャンプマスター一名を育成し全員がジャンプマスターとして活躍している。朝日村パンジージャンプは常設会場として7年目を迎えたが、当初からスタッフ集めの問題、外国人のビザの問題、地元の新しいものに対する理解の問題、価値観の違いによるトラブルや中傷等々も少なからずあり、実に多難な七年間であった。
山形県で日本唯一のパンジージャンプのプロ集団として食べていくことは至難の業である。 |
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田中 進一
shinichi tanaka
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(有)日本アウトドアシステム
代表取締役社長
(有)日本アウトドアシステム
代表取締役社長
化粧品製造会社(有)ウイルビー企画
取締役専務
■キャンピングカー販売代理店
「ボイジャー山形」経営。
■95年朝日村で日本初の
ブリッジバンジージャンプ、
日本で各種バンジージャンプを行う。
http://www.bungy.co.jp/ |
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