2017年3月 辻蕎麦便り

弥生。

「根開き」という言葉を御存じでしょうか。
雪国に住んだことがなければあまりなじみはないと思います。
もっとも俳句をやっておられる方なら、早春の季語ですからこの言葉を織り込んで作句をしたことがあるかもしれません。
寒気が緩むと、野山の木々の根元の雪が消えて丸い輪ができ、次第に拡大していきます。
これが「根開き」です。
というと、写真や絵画で見た記憶があるという人も多いのではないでしょうか。
雪国の住民にとって待ちに待った春が訪れたことを知らせる第一報なのです。
ようやく厳しい冬が終わるという安堵感を覚えながら、木々が一斉に芽吹く様子を思い描くと心がときめいてまいります。

 「根開き」が始まり降り積もった雪の層が薄くなると、果樹の選定作業が本番を迎えます。
果樹王国山形県の中でも多彩な品種が栽培されている山形や天童周辺。
ちょっと郊外に足を伸ばすと生産量で圧倒的に全国一を誇るサクランボをはじめ、ラフランス、リンゴ、ブドウ、柿などの畑が広がっています。
古くなった枝や繁茂気味の枝などが取り払われた果樹は実にスリム。
こんなに枝を切り取って収穫に影響しないのかと心配になるほどですが、逆に元気を取り戻し立派な果実をつけるそうです。
木々の生命の神秘と力強さを感じさせてくれます。
来月末ころには、これらの果樹が一斉に開花します。
広大な畑が白やピンクなどの花で埋め尽くされる光景はまさに“桃源郷”という言葉がぴったりです。

 今月から来月初めにかけ山形県内の多くの地域で月遅れの雛祭りが行われます。
あまり知られていませんが、県内には江戸時代の豪華な雛人形がたくさん残っています。
北前船と最上川舟運で京都などから運ばれ、紅花商人や豪農などの家で保存されてきました。
第二次世界大戦中に最上川河口の酒田市を除いて空襲が比較的少なかったため残ったともいわれています。

 これらの雛人形は4月3日ころまで公共の資料館、博物館、美術館などで展示されます。
味わい深いのは民家での一般公開。
よく知られているのが河北町や大石田町などですが、代々伝わる雛人形を座敷に飾り見学者を受け入れるのです。
大きく豪華な雛人形にじっと見入っていると、最上川を数多くの舟が上下して物資を運び栄華を誇っていた往時の光景がよみがえってくるような感じがします。
時には名残雪の中で傘を差しながら見て回るなどということもありますが、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。