2018年10月~11月 辻蕎麦便り

神無月。

「○○と秋の空」ということわざがありますが、「○○」のほうはともかく、「秋の空」は本当に変化が激しいですね。
「おっ、きょうの青空は気持ちがいい。農作業に勤しむには絶好の日和だ」などと思って朝食を食べていると、次第にうす雲が広がり、いつの間にか太陽もどこかにいったりして。
たまには爽やかな気分とやる気を一日中保たせてくれよ、と叫びたくなってしまいます。
もっともこの時季、山形や天童周辺だけでなく、全国どこも同じなのでしょうが。

それにしても今年は台風が多かったですね。
しかもイレギュラーなコースをたどるものまで。
西日本の人たちには申し訳ないのですが、山形県の内陸部は台風被害とのかかわりがかなり少ない地域です。
大方の台風がいつもより少々強い風が吹いているといった感じで過ぎ去ってしまいます。
そんなところに暮らしていると、鎌倉に住む知人から届いた便りは衝撃的な驚きでしかありませんでした。
台風24号がもたらした塩害で、周辺の山々の樹木や草花までが大きな打撃をこうむり、葉は一様に委縮してしまっている。
この秋は、枯葉だらけで紅葉を愛でることなど夢のまた夢になりそう、ということでした。

山形はいまが紅葉の盛り。
田舎人が恵まれているのは、わざわざ紅葉の名所などに出掛けなくても、近所どころかわが家の庭でも十分に紅葉狩りを楽しめることです。
束の間の青空から差し込む太陽の光に透かして見るモミジやカエデなどの鮮やかな赤は例えようがないほどに美しい。
大自然が造り出す偉大な色合いに思わず意識が吸い込まれそうになります。
人工の色ではなかなかこうはいきません。
こんな時は気温が一気に下がるほど色鮮やかになる北国の良さに感謝、感謝です。

つい先日まで稲穂が風に揺れ、黄金のうねりをみせていた田んぼの光景も一変。
刈り取られた後の稲株が縦横に果てしなく広がり、アート的ですらあります。
春先から天候不順が続きましたが、作柄は悪くなかったようで、美味しい新米が次々に出荷されています。

当然のことながら新蕎麦も本番の季節を迎えました。
昨年も紹介しましたが工房では、蕎麦粉をかき混ぜるときの馥郁たる香りに包まれながら、作業に励んでおります。
われわれには季節の変わり目を最も肌で感じられる時季です。
それぞれの蕎麦粉が持つ特長を最大限引き出し、美味しいお蕎麦をお届けできるよう懸命に努めておりますので、存分に味と香りをお楽しみください。

2018年9月~10月 辻蕎麦便り

長月。

山形では、黄金色に染まった田んぼで一斉に稲刈りが始まりました。
それを見ていると実に不思議な感じがします。
口を開けば「暑い、暑い」とぼやきながら作物の高温障害を懸念し、あまりの少雨に干ばつにならなければと憂いていたのがほんの1か月前だったのです。
それがいまや朝晩は肌寒ささえ覚えるほどに。
わたってくる秋風に揺れる穂波は、そんな過酷な環境にさらされていたことなどを少しも感じさせず、豊かな実りを表しています。
自然は、人の目の届かないところできちんと辻褄を合わせているんでしょうね。

この時期になると、どこからともなく「おおきな くりの きのしたで …♪」という童謡の一節が聞こえてくるような気がします。
ある情景を伴って。
それが山形県西川町大井沢にある日本一大きな栗の木なのです。
樹齢約800年で、樹高は約17㍍、地上1.5㍍の目通りの幹回りは8.5㍍もあります。
地上4㍍ほどのところで5本の幹に分れています。
山形県指定の天然記念物になっています。

栗の木は一般的に樹齢を重ねると病害虫に弱くなり、これだけの太さの木が残っているのは極めて珍しいということです。
上に数字を並べましたが、実際目の当たりにすると、数字を遥かに超える迫力があります。
よく老木には精霊が宿るといわれますが、まさに「そうだよね」と素直にうなずいてしまう雰囲気を醸し出しています。

もう10年近く前になりますが、たまたまその存在を知り、日本一の栗の実はどんな味がするのかと野次馬根性丸出しで出掛けました。
各種ブログなどを拝見すると、現在はかなりアクセスが整備されているようですが、当時は案内標識などもほとんど見当たりませんでした。
狭い林道を迷いながら突き進み、駐車場らしき空き地に車を停め、10分ほど歩いてようやくたどり着いて目にした光景は圧巻でした。
言葉もなくしばし見入ってしまったほどです。
拾った栗はやや小粒なシバグリで茹でていただきましたが、結構甘みが強く予想以上に美味しかったのを覚えております。

これに味をしめ、翌年、再び訪れたところ、時期が遅れたのか全く栗を見つけることができませんでした。
日本一の栗の木に御対面しただけでもいいかと、我が身を慰めて林道を下山中、突然3頭の親子熊が藪から現れ車の4、5㍍先を横切って行きました。
助手席にいた連れ合いに写真を撮ってと声を掛けましたが、野生の熊と遭遇したショックで完全に固まっていました。
恐らく目は点になっていたのではないでしょうか。
当然のことながら、日本一の栗の木の栗拾いはたった1回で終わってしまいました。

田んぼでは黄金の波が揺れていますが、畑では真っ白な蕎麦の花が大海原の様相を呈しています。
新蕎麦の香りが立ち込めるのも間もなくのようです。