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2018年9月~10月 辻蕎麦便り

長月。

山形では、黄金色に染まった田んぼで一斉に稲刈りが始まりました。
それを見ていると実に不思議な感じがします。
口を開けば「暑い、暑い」とぼやきながら作物の高温障害を懸念し、あまりの少雨に干ばつにならなければと憂いていたのがほんの1か月前だったのです。
それがいまや朝晩は肌寒ささえ覚えるほどに。
わたってくる秋風に揺れる穂波は、そんな過酷な環境にさらされていたことなどを少しも感じさせず、豊かな実りを表しています。
自然は、人の目の届かないところできちんと辻褄を合わせているんでしょうね。

この時期になると、どこからともなく「おおきな くりの きのしたで …♪」という童謡の一節が聞こえてくるような気がします。
ある情景を伴って。
それが山形県西川町大井沢にある日本一大きな栗の木なのです。
樹齢約800年で、樹高は約17㍍、地上1.5㍍の目通りの幹回りは8.5㍍もあります。
地上4㍍ほどのところで5本の幹に分れています。
山形県指定の天然記念物になっています。

栗の木は一般的に樹齢を重ねると病害虫に弱くなり、これだけの太さの木が残っているのは極めて珍しいということです。
上に数字を並べましたが、実際目の当たりにすると、数字を遥かに超える迫力があります。
よく老木には精霊が宿るといわれますが、まさに「そうだよね」と素直にうなずいてしまう雰囲気を醸し出しています。

もう10年近く前になりますが、たまたまその存在を知り、日本一の栗の実はどんな味がするのかと野次馬根性丸出しで出掛けました。
各種ブログなどを拝見すると、現在はかなりアクセスが整備されているようですが、当時は案内標識などもほとんど見当たりませんでした。
狭い林道を迷いながら突き進み、駐車場らしき空き地に車を停め、10分ほど歩いてようやくたどり着いて目にした光景は圧巻でした。
言葉もなくしばし見入ってしまったほどです。
拾った栗はやや小粒なシバグリで茹でていただきましたが、結構甘みが強く予想以上に美味しかったのを覚えております。

これに味をしめ、翌年、再び訪れたところ、時期が遅れたのか全く栗を見つけることができませんでした。
日本一の栗の木に御対面しただけでもいいかと、我が身を慰めて林道を下山中、突然3頭の親子熊が藪から現れ車の4、5㍍先を横切って行きました。
助手席にいた連れ合いに写真を撮ってと声を掛けましたが、野生の熊と遭遇したショックで完全に固まっていました。
恐らく目は点になっていたのではないでしょうか。
当然のことながら、日本一の栗の木の栗拾いはたった1回で終わってしまいました。

田んぼでは黄金の波が揺れていますが、畑では真っ白な蕎麦の花が大海原の様相を呈しています。
新蕎麦の香りが立ち込めるのも間もなくのようです。

2018年8月~9月 辻蕎麦便り

葉月。

暑い話を書いていると、よけい暑くなるのでやめようと思っても、頭は、というより体全体が自然に「暑いなー」と叫んでしまいます。
この暑さ、本当にいつまで続くのでしょうね。
もういい加減勘弁してほしい。
日本列島に住む大方の人たちが同じ気持ちではないでしょうか。
山形で今夏最高の39度に達した時、はるか昔に体験した40度超えを思い出しました。
燃え盛るストーブの焚口の前にいると熱気で耐え切れなくなる、そんな経験がある人なら簡単に理解してもらえるのじゃないでしょうか。
とにかく自分を取り巻いている空気全体が熱いのです。
あまりの暑さに木にとまっていた蝉がぼーっとして落ちてきたなどという冗談が交わされたくらいですから。

そんな熱風にさらされていると、有名な「徒然草」(吉田兼好)の一節「家の作りやうは 夏をむねとすべし 冬は いかなる所にも住まる 暑き比(ころ)わろき住居(すまい)は 堪えがたき事なり」が繰り返し浮かんできます。
まさにその通り。
寒いなら重ね着をすればそれなりに対応できますが、暑さは裸になっても暑い。
もっとも現代はエアコンなどという魔法の気温調節機があるので、兼好法師と全く同じ感覚にはなれないかもしれませんが。

山形や天童などでは連日35度前後の猛暑が続くなかで、なんと自然の雪景色を見ることができます。
そんなバカなと思われるでしょうが、山形県のちょうど真ん中にそびえたつ月山(標高1984㍍)は依然として残雪を抱いているのです。
全国でもトップクラスの積雪を誇るだけに、急速に雪融けが進んでいるものの、この時季でも下界からはっきりその白さを確認できます。
残雪がある標高近くまでリフトが運行されていますが、その約1㌔下の駅の気温は20度前後だそうです。
うだるような暑さの中でながめている身にとっては、あそこに天国があるといった感じです。

暑い、暑いで、夏はこの先もしばし続くのではないかと思いきや、自然界はいやもう終わりですよ、としっかり季節の移ろいのサインを出しています。
朝顔やキュウリなど“夏物”の葉が次第に黄ばみ、そして早いものは枯れ始めました。
それに代わって秋の草花が元気づいてきています。
水田では、濃緑色の鋭い剣先のような葉だけだった水稲に穂が出たと思ったら、あっという間に頭を垂れるようになりました。
渇水でどうなることやらと心配されましたが、いまのところ順調なようです。
そしてソバ畑では緑色の苗がすくすくと育っており、真っ白い花の大海原を目にする日も近いことでしょう。
今年はどんな新蕎麦に出会えるか、今からわくわくしております。