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2017年5月 辻蕎麦便り

 皐月。

 桜に続いて咲き乱れていたサクランボ、リンゴ、ブドウ、ラフランス、モモといった果樹の花々も大型連休とともに去っていきました。
代わって萌黄色の季節が訪れ、疲れた目を癒してくれるよう優しい緑が木々を覆うようになっています。
月山をはじめ遠くに見える朝日連峰の山並みは依然として真っ白な頂を青空にくっきりと浮かばせていますが、その下の山々は日々色合いを変えています。
幼子が少年少女に育つように。
黄色味が次第に薄れ緑の色合いが濃くなっていきます。
山形や天童周辺では、晩春から初夏にかけてのこの時期はまさに万物が息吹いている感じです。

 そんな中で、近郊の田んぼでは田植えが始まりました。
まだスタートしたばかりなので、大半の田んぼはただ水を入れただけの状態になっています。
高いところから眺めるとこれが実に美しい。
山形盆地に巨大な湖が出現したのではないかと錯覚するほどです。
東西10数㌔、南北40数㌔のこの盆地はもともと湖だったと聞いたことがあります。
面積は琵琶湖の4分の3近くですからその広大さは想像がつくでしょう。
天童の北の方にある村山市の狭隘なところで最上川がせき止められていたためだったとか。
ここからは伝説で、有名なお坊さんがそこを切り開き広大な用地を生み出したということです。
多分大地震による地殻変動で、せき止めていた山が崩れ、水が流れ出したというのが真相のような気がします。
学術的には調査されているのでしょう。
ただロマンのため、実際どういうことだったのかを調べるという野暮なことはやめました。
面白いことに、地名に巨大湖の名残があります。
東の山すそに「東根」。
サクランボで有名な東根市です。
西のちょっと小高くなっているところに寒河江市の「西根」があります。
また東根市と村山市の境の山の際には、荷渡し地蔵が祀られています。
水とは全く関係ないようなところで、巨大湖の伝説を知るまではなんでこんなところにあるのだろうと不思議に思っていました。
航行の安全を祈るために祀られたのでしょうね。
ビルや人家が立ち並ぶ現在の光景を目にしていると、あらがいようのない大自然の威力やここまで築き上げてきた人間の歴史の素晴らしさなど想いは果てしなく広がっていきます。

 この時期はなんといっても山菜。
産直施設などには、ワラビ、コゴミ、ウド、コシアブラ、タラの芽、木の芽などが連日運ばれてきます。
中にはこれ何という名前なの、どうやって食べるのといった日ごろあまりお目にかかれないものもあります。
どれも山野からの“直行品”。
味や香りは?言うまでもありません。

2017年3月 辻蕎麦便り

弥生。

「根開き」という言葉を御存じでしょうか。
雪国に住んだことがなければあまりなじみはないと思います。
もっとも俳句をやっておられる方なら、早春の季語ですからこの言葉を織り込んで作句をしたことがあるかもしれません。
寒気が緩むと、野山の木々の根元の雪が消えて丸い輪ができ、次第に拡大していきます。
これが「根開き」です。
というと、写真や絵画で見た記憶があるという人も多いのではないでしょうか。
雪国の住民にとって待ちに待った春が訪れたことを知らせる第一報なのです。
ようやく厳しい冬が終わるという安堵感を覚えながら、木々が一斉に芽吹く様子を思い描くと心がときめいてまいります。

 「根開き」が始まり降り積もった雪の層が薄くなると、果樹の選定作業が本番を迎えます。
果樹王国山形県の中でも多彩な品種が栽培されている山形や天童周辺。
ちょっと郊外に足を伸ばすと生産量で圧倒的に全国一を誇るサクランボをはじめ、ラフランス、リンゴ、ブドウ、柿などの畑が広がっています。
古くなった枝や繁茂気味の枝などが取り払われた果樹は実にスリム。
こんなに枝を切り取って収穫に影響しないのかと心配になるほどですが、逆に元気を取り戻し立派な果実をつけるそうです。
木々の生命の神秘と力強さを感じさせてくれます。
来月末ころには、これらの果樹が一斉に開花します。
広大な畑が白やピンクなどの花で埋め尽くされる光景はまさに“桃源郷”という言葉がぴったりです。

 今月から来月初めにかけ山形県内の多くの地域で月遅れの雛祭りが行われます。
あまり知られていませんが、県内には江戸時代の豪華な雛人形がたくさん残っています。
北前船と最上川舟運で京都などから運ばれ、紅花商人や豪農などの家で保存されてきました。
第二次世界大戦中に最上川河口の酒田市を除いて空襲が比較的少なかったため残ったともいわれています。

 これらの雛人形は4月3日ころまで公共の資料館、博物館、美術館などで展示されます。
味わい深いのは民家での一般公開。
よく知られているのが河北町や大石田町などですが、代々伝わる雛人形を座敷に飾り見学者を受け入れるのです。
大きく豪華な雛人形にじっと見入っていると、最上川を数多くの舟が上下して物資を運び栄華を誇っていた往時の光景がよみがえってくるような感じがします。
時には名残雪の中で傘を差しながら見て回るなどということもありますが、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。