「辻蕎麦便り」タグアーカイブ

2023年 7月~8月号 辻蕎麦便り

文月。

連日のように流れてくる熱中症警戒アラート。
気象庁のアラート発表状況の日本地図は北海道などを除き、ほとんどが真っ赤に塗られています。
これを見ているだけで、暑さのあまり頭がぼーっとしてきそうです。
地球温暖化という言葉を目にする以前は、「命に危険を及ぼす暑さ」などというのは日本では無縁だったのではないでしょうか。

わが国の最高気温は2007年に更新されるまで74年間にわたり40.8℃でした。
1933年(昭和8年)7月25日に山形市で観測されたものです。
フェーン現象がもたらしたものでしたが、それを経験した祖父母から、命が危うかったなどという話を聞いた記憶がありません。
やたら暑かったのは覚えていたようですが。
同じようにフェーン現象により1978年(昭和53年)8月3日に酒田市で40.1℃を記録した時は、たまたま同市内にいました。
空気が本当に“熱い”んです。
呼吸するたびにそれを感じるのですから。
一緒にいた友人の1人が「蝉があまりの暑さで木から落ちているらしい」と真面目な顔で話していたが、実際はそんなことはありませんでした。一瞬、この暑さならホントかもと思いかけましたけど。
同時に「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」(吉田兼好「徒然草」)という一文が浮かんできて、寒ければ何かを着込めば良いが、暑過ぎるのは裸でもしのげないなどと、とりとめもないことを考えていました。

今月上旬、ちょっと気になるニュースを目にしました。
東北森林管理局が毎年、ブナの結実を左右する開花状況の調査を行っています。
ブナの実はクマの主要な食料ですが、調査の結果、山形県をはじめ東北各県は「大凶作」になる可能性が極めて高いということです。

クマは人家近くどころか市街地まで下りてきて、目撃されることが年々多くなり、被害も拡大しています。
今月上旬までは、連日のように目撃情報が報道されていました。
この暑さでさすがのクマも動きたくなくなったのか、熱中症警戒アラートとともに姿を消しています。
人間よりはるかに自然の動きを察知する能力は高いのかもしれません。
しかしこの暑さが去り、実りの秋を迎えるころにクマたちの行動はどうなるのか。
山に餌が無ければ里に下りてくるしかなくなるでしょう。

ささやかなわが菜園の端にちょっとした柿の木があり、格好の緑陰を提供してくれます。
一歩出ると突き刺すような暑さが襲ってきますが、樹下にイスを持ち出して涼んでいると、周囲の稲穂や野菜の間を潜り抜けてきた緑の風が柔らかく肌をなでて去っていきます。
これが実に爽やかで、冷房の冷気とは全く違います。
自然が作り出してくれる贅沢な空間に身を置きながら、この秋の人とクマの関わり合いを懸念しています。
何事もなければ良いんですが。

(2023/07/31 辻蕎麦便り)

2023年 6月~7月号 辻蕎麦便り

水無月。

「空気神社で3日、4年ぶりに“みこの舞”が奉納されました」
というニュースを今月初めに目にしました。
懐かしかったですね。
この神社を訪ねたのは30年ほど前。
ユニークの塊のようなこの神社は1990年に最上川中流域にある朝日町の山懐深い地に造られました。
好奇心に駆られ、出来てほどなく足を運んだような気がします。

 ご神体はなんと空気。
世界でたった一つの神社です。
神社の案内資料によりますと、昭和48年に町民の1人が、
「山の中のきれいな空気の中で仕事をしていると、平地で仕事をしている時よりも疲れにくい。これは、豊かな自然が作り出す澄んだ空気の恩恵である。町に空気神社を建立し空気とそれを生み出す自然に感謝しよう」
と提案したのがきっかけでした。
この事業が実際に動き出したのは10年ほどたってからで、マチおこしの一環として具体化。
有志が集い、自然環境を大切にし、空気の恩恵に感謝するモニュメントとして神社建設を企画し、町内外で募金活動を行い実現にこぎつけました。

 町の中心部から車で20分ほどの山中にあります。
もっとも普通の神社のような鳥居や社殿があるわけでなく、目に入るのは玉砂利を敷き詰めて設けた枠の上に鎮座する磨き上げられたステンレス。
5㍍四方の巨大な鏡になっており、四季折々の空間を映しこみ空気を表現するのだとか。
訪れた時も青空と周囲のブナ林の緑が鮮やかに映り、同じ林の中でも不思議に空気感が違ったのを覚えています。
この巨大鏡の地下3㍍に本殿があるということですが、普通の日だったので見ることが出来ませんでした。
12個の甕に12カ月それぞれのきれいな空気を入れて祀ってあるのだとか。

 6月の空気まつりで舞を奉納するのは巫女さんでなく、巫女の衣装を身に着けた町内の小学4年生から6年生の女子児童。
映像や写真で見ると、鏡面に映るブナの緑と衣装の紅、白のコントラストが実に素敵です。
いずれは空気まつりに足を運びたい、そんな気持ちを掻き立てくれます。
地球温暖化により異常気象に相次いで見舞われている昨今ですが、自然環境の大切さと空気への感謝の念をモニュメントにしようと50年も前に提案した先人、それを具体化した人々が県内にいたことを誇りに思います。

 山形の6月はサクランボ一色といってもいいでしょう。
3年余りにわたる新型コロナの規制解除が後押ししたのでしょうか、サクランボ目当ての観光客数が半端でないような気がします。
山形盆地の大動脈である国道13号は車の数がぐっと増え渋滞が激しくなっています。
以前ならあまり見かけなかった西日本、さらには四国や九州ナンバーの車もさほど珍しくありません。
厳しさを強いられてきた観光関係者にとっては大歓迎ではないでしょうか。
(2023/06/30 辻蕎麦便り)