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平成17年4月16日(土)

「蝉しぐれ」オープンセット公開 時代劇の情緒 ファン魅了
羽黒町松ケ岡 資料館もオープン
羽黒町松ケ岡のオープンセット
「蝉しぐれ」のオープンセット。手前の建物は主人公・文四郎の家
 10月に公開予定の映画「蝉しぐれ」のメーンロケ地となった羽黒町松ケ岡のオープンセットの一般公開が15日、始まった。近くの松ケ岡開墾場内に整備された「映画『蝉しぐれ』資料館」も併せてオープン。初日から地元ファンらが訪れ、時代劇の情緒あふれる空間を楽しんだ。

 「蝉しぐれ」は、鶴岡市出身の作家・故藤沢周平さんの代表作の1つ。構想から10数年を経たという黒土三男監督が映画化に挑み、2003年秋に同地区の畑地約1万坪に江戸時代の普請組屋敷を建設。四季の情景を織り込むため、昨年初めから秋までほぼ1年かけて撮影が行われ、主演の市川染五郎さんや女優の木村佳乃さんらが訪れた。映画はすでに完成し公開は今年10月1日。

松ケ岡開墾場内に整備された「映画『蝉しぐれ』資料館」
映画の名シーンやメーキングビデオが楽しめる映画「蝉しぐれ」資料館

 映画のメーンロケ地とあって同地区には撮影前から観光客が急増。関係自治体などでつくる映画「蝉しぐれ」庄内ロケ支援実行委員会(酒井忠久会長)では、新たな観光スポットとして保存・整備しようと、一般公開に向けて準備を進めてきた。

 これまで立ち入り禁止だったオープンセット内は自由に歩き回れるように開放。建物の内部には入れないが、4軒ある建物のうち主人公・牧文四郎の家として使われた家屋の内部はいろりなどの生活空間がのぞかれ、凝った舞台美術を間近に見ることができる。

 また、近くの松ケ岡開墾場の五番蚕室を改修した資料館では、木造の建物を生かし、映画の名シーンや台本をびょうぶにしたオリジナル展示を中心に、メーキングビデオを上映するミニシアターを設置。訪れた人たちは、行燈の明かりを照明にするなど情緒あふれる空間でひと足早く映画の世界に浸っていた。

 同実行委員会では、24日にオープニングイベントを予定しており、黒土監督や映画に出演した俳優らが訪れ、テープカットする予定。

 オープンセットの見学は維持管理費協力金として200円を募る。資料館の入場は大人300円、中高生200円(小学生以下無料)。問い合わせは羽黒町役場観光課=電0235(62)2111=へ。

「60年」蘇る日々 東京都江戸川 学童疎開児ら大山再訪
公園に桜の苗木植樹 小学校で児童と交流
 先の太平洋戦争中に、東京都江戸川区の学童が鶴岡市の旧大山町に疎開してから60年の節目を迎えたことを記念し、元学童たちが14日から16日まで大山地区を訪れている。当時通った大山小学校や大山公園などを再訪し、地区の人たちと旧交を温めている。

元学童たちが14日から16日まで大山地区を訪れている
報恩碑に記された名前を見て懐かしむ元疎開学童たち

 江戸川から鶴岡への学童疎開は、1944年9月から翌45年10月まで続いた。当時、同区には24の国民学校があり児童たちが集団疎開した。合併前の旧町村を含めて同市には約3700人が訪れた。このうち旧大山町には同区西小岩、下小岩の両国民学校から2―6年生計210人が訪れ、45年3月から同年10月までの半年を過ごした。集団疎開では旅館や寺院を宿舎にする例がほとんどだったが、大山では民家が受け入れ先となった。疎開中は食糧事情が困難な状況にあったものの、各家庭ではわが子のように親身になって世話をしたという。

 戦後、東京に戻った元学童たちは成人になると、お世話になった恩が忘れられないと、個人やグループで懐かしい大山の地を訪問するなど交流を続けてきた。

 そうした中、鶴岡への学童疎開50周年にあたる94年11月、西小岩、下小岩両国民学校の元学童が「江戸川大山会」(現会員約50人)を結成。翌95年6月には会員38人が大山を訪問し、当時の受け入れ家庭の人たちと旧交を温めるとともに、“母校”の大山小学校敷地内に「学童疎開報恩碑」を建立、オオヤマザクラなど苗木2本を植樹した。また、2001年11月には、同校に本とCDを寄贈、『東京・江戸川大山文庫』として児童たちに親しまれている。

 今回の訪問は、疎開60周年という「還暦」を迎えたことを記念して江戸川大山会が企画した。中野貞三会長(71)をはじめ元学童20人と当時の引率教師だった松下芳子さん夫妻の計22人が訪れた。

 一行は14日に来鶴。2日目の15日は富塚陽一鶴岡市長を表敬訪問した後、大山公園にオオヤマザクラの苗木5本を植樹。引き続いて大山小(天野卓夫校長、児童395人)を訪問し、児童たちと交流した。

 元学童たちはスクールバンドの演奏と拍手で体育館に入場。児童を代表して佐藤菜央さん(6年)が「両親と離れて知らない人の家に暮らし寂しかったと思います。私たちには想像もつかないことです。大山は楽しい思い出に残るまちだったでしょうか。今日は大山を楽しみ思い出を江戸川へのお土産にしてください」と歓迎のあいさつ。

 中野会長は「東京大空襲では家族をすべて亡くした友人もいた。大山で良くしてもらったことは一生忘れられない思い出」と語り、江戸川大山文庫に『東京大空襲』などの本と図書券を贈った。また、児童からは戦争のことを学んだ感想などをつづった手紙が元学童たちに手渡された。

 午後からは大山公園の散策や大山コミュニティセンターで地元住民との歓迎交流会が行われた。

 疎開以来60年ぶりの再訪となった金子親次さん(69)と岡本淳さん(69)(ともに当時小学4年生)は、「山菜採りで道に迷い湯野浜に行ってしまい、大山中が大騒ぎなった。あの時のご迷惑をお詫びしたいとずっと思っていた」「60年ぶりだから風景が変わってびっくり。皆さんと話しているうちに記憶が断片的に戻ってきた。今回来て本当に良かった」とそれぞれ話し、“第二のふるさと”を懐かしんでいた。

 一行は16日は酒田市などを観光した後、帰京する予定。

(荘内日報社提供)
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