| 荘内日報 日曜閑話 | 2003年4月20日(日) |
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| 渡部 俊三 (山形大名誉教授、論説委員) | |
| 紅花は紅染め用の紅や口紅の原料作物とみられがちだが、国際的には紅花油を採る油料作物にほかならない。紅染めの文化に輝く山形では、紅花油のことを話題にすることさえはばかられたものだったが、今やスーパーに並ぶサフラワー油を知らぬ人はいないだろう。 「サフラワー」は紅花の英名。生活習慣病が気になる万々は、このサラッとした紅花油には感謝しなければならないご時世だ。紅花は第二次大戦を契機に、色素の抽出から油脂の生産へと大転換した。その理由は軍艦など船舶塗装用のペンキに必要だったからだ。今では水溶性のビニールがペイント用に使われ、米ソがしのぎをけずった紅花油は専ら食用油として活躍している。 今から60年前ごろ、米ソ両国間には紅花をめぐる研究合戦があった。両国の植物学者や農学者が、野生の紅花を求めて世界中を駆け回った。集められた貴重な野生紅花をもとに、含油量の多い品種が育成され、それらが現在の主流品種になって多くの国々で紅花油を生産しているとは皮肉な話だ。 日本では紅花油が話題になった例は少ない。行灯(あんどん)に使うと、ナタネ油に勝る明るさが得られたなどという昔の話ぐらいだっただろう。 ところで、皆さんは「紅花墨」をご存知だろうか。戦時中に義務教育を受けられた年代の方々は恐らくご記憶のことと思う。細長い板状の墨の表面に「紅花墨」の金文字が刻まれており、硯に当ててすると、かすかにいい香りがしたものだ。 習字の先生は「これは大切な紅花油を燃やして得たススを集めて造ったものだから、最後まで大切に使いたさい」と注意された。以来、老い先短いこの歳になるまで信じていたのだが、単なる名称のみで、紅花油など一切使われていないことを、数年前、偶然に知った。 「墨の黒色を鮮やかにするため、原料の菜種油煙に紅をまぜて練り、紅花墨の名で売り出した。ところが、いつしか紅の製造は中断し、紅花墨も名前だけの紅の入っていないものになった」。これは奈良市の墨製造業者の話で在る。差し支えもあろうかと実名は伏せるが、あきれた話ではないか。 日本で昔から栽培されてきた紅花は、種子中の含油量が少ない系統だったと思われるし、租税の対象でもあり、翌年用の種子確保が大事で、採油に回す余裕などほとんどなかったのが実情ではなかろうか。 また、花弁から抽出した紅は少量でも非常に高価なもの。たやすく墨造りに使えるものではなかっただろう。それこそ特別あつらえの墨以外はとても不可能だったと思われてならない。 いつの時代も商売は詐欺まがいの危ない橋を渡っていたのか。純真無垢な子供たちが使う墨までが偽物だったとは、実に情けない話ではないか。 さて、庄内地方での昔の紅花栽培はどのようなものだったのだろう。今となっては知る由もないのだろうが、何とか手がかりだけでもつかみたいものである。 最も大切な種子の入手は、県内内陸部から入手できたのだろうか。それとも、紅花関係の取引があった酒田に出向けば入手可能だったのだろうか。酒田の豪商たちは行灯の油に紅花油をともしたのだろうか。かつて米国では紅花油は「畑から採れる石油」とも言われた。 |
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