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温泉めぐり・山形路TOP > 温泉のある風景 > 第11回 蔵王温泉
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| 蔵王といえば見事な樹氷、スキーのメッカとして全国的に知られている。雪解けが進む春から夏にかけては、コマクサなどが咲く高山植物の宝庫であり、秋には本州で最も早く山々が色づく紅葉の名所でもある。春は緑の風をなびかせながら足元の雲海を眺め、秋は赤や黄色に染められた木の葉のトンネルをくぐり抜ける、蔵王エコーラインのドライブが楽しい。 目的地は勿論「蔵王お釜」である。 蔵王お釜は、蔵王連峰刈田岳のカルデラ湖で、水深は25m。太陽光線の影響で水面の色が次々と変化する光景は、思わず歓声を挙げるほど素晴らしい景観である。 |
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| 蔵王の最大の楽しみはやはり温泉である。 奥州三高湯のひとつに数えられ、湯煙と硫黄の匂いがたちこめる超酸性の湯である。pHは1.4前後で、石鹸は使わなくても、温泉に浸かるだけで身体の汚れが落ちる湯質である。蔵王名物に「蔵王温泉大露天風呂」がある。 温泉が流れる谷川を岩で囲んだ自然の大浴場である。頭上に木の葉が茂り、隙間からこぼれる太陽の光が優しく肌を潤し、小鳥のさえずる声が聞こえる別天地である。200人が入れる巨大な露天風呂では、全国から訪れた見知らぬ他人同士の裸の付合いが続いていた。 |
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| 私が始めて蔵王を訪れたのは昭和30年代だった。スキーやスケートなどのウインタースポーツは、やっとフアンが増え始めた頃で、スキー場はもっぱら上越のゲレンデであった。 東京から山形はすごく遠方に感じたが、蔵王スキー場への憧れは強かった。当時の上ノ台ゲレンデは、リフトが少なく長蛇の列が続き、パラダイスロッジやザンゲ坂に行くには、スキーを担いで登らねばならず、難儀した思いが残る。やがて大平コースが開拓され、ユートピアゲレンデが整備されてからは、毎年蔵王温泉を訪れるようになったのである。 結婚後は、家内がスキーをしたことがなかったので、しばらく中断した期間が続いていた。やがて子供が大きくなってスキーを始めたので、家内も50歳になってからスキーを始め、家族でスキーを楽しむようになった。それから毎年蔵王を訪れるようになったのである。 見事な樹氷は蔵王名物である。ロープウエイを乗り継ぎ、20分で地蔵山頂に行けるようになったので、毎年樹氷と霧氷の景観を見るのを楽しみにしている。 |
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| 今回の家族スキー旅行の宿は、享保元年創業の老舗温泉旅館 天皇陛下や宮様が宿泊された名門の「深山荘高見屋」にした。大型の樽状の湯舟にゆったりと浸った後は、味覚の宝庫である蔵王の山々で採れた旬の素材が並ぶ郷土料理に、ご主人が釣り上げた岩魚の塩焼きが美味しい。料理の出し方、心くばりまでがこまやか丁寧で、さすが定評のある旅館である。 春の山菜・秋のきのこの頃は、季節感あふれるご馳走が用意されるということなので、また訪ねることにした。 樹氷の景観に目を見張り、爽快なスキーで遊び、郷土料理に舌鼓を打つ、温泉で心身を癒した今回の旅に人生を満喫した。 |
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| 【DATA 2005.10.12】 | ||||||||||||||||
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