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特別エッセイ 「山形の蕎麦に寄せて」
 
山形のお蕎麦が美味しい理由は、水や空気、そばへの愛情・・・
いっぱいあるけれど、キーになるのがそば粉。
山形のそば食文化の基礎を支える鈴木製粉所社長、鈴木彦市さんにその思いを語っていただきました。
今、全国的なそばブームになっていますが、山形県内のそばは味が良いと愛好者から高い評価を得ています。
昔は土起こしのために荒れ地にそばを植えたものですが、そばブームの今やそばが地域興し、産業興しを担う時代になっています。
おいしいそばは鮮度で決まると言っても過言ではありません。従って「碾(ひ)きたて、打ちたて、茹(ゆ)でたて」を「三たて」といって重視します。そば店へそば粉を供給する当社は「三たて」のうちの「碾きたて」を担っています。鮮度の良い粉をそば店に供給することが山形のそば食文化に貢献する道となるのです。基本からそば食文化を構築し、山形そば文化の情報発信の一翼を担おうと「石臼(いしうす)館」を常設しました。
そばの原料の実は約80%が輸入ものであり、主な輸入先は中国、カナダ、アメリカとなっています。山形県内には約2,600へクタールのそば作付面積があり、全国第5位と多い。しかし、それでも県内の消費量を賄えない状況にあります。当社でも10年ほど前までは年2回ほど中国に足を運び、そば作付けの適地を指定し農家に栽培法を指導し、原料を確保してきましたが、今は商社がそれを代行しています。海外のそばも品質が向上し、日本で雨の多い年には外国産の方が品質が良い場合もあります。
そばは実も粉も生きています。そばの実は年1回の仕入れであり、屋外に雪があるうちにそばに雪を見せて倉庫に入れます。低温倉庫は温度を13度から15度に保ちますが、外気温度との差が大きいと結露が発生し老化が早くなります。滑川の工場では、製粉する前に2カ月間倉庫に入れ、滑川の気候風土にそばの実を馴染ませてから碾くのです。
そばの原料をこれほど大きく輸入ものに依存しているのだから、東京でも信州でも山形でもそばの味は同じであっても不思議ではありません。それなのに山形のそばがおいしいと評価されるのは、山形の自然環境と県民性によるところが大きいと思います。
自然環境では、山形は水と空気が良い。これは品質の良いそばを提供するために欠かせない要素です。また、地味で素朴でたくましい県民性は、そばそのものである。昔は生活が苦しく、1日1回はそばを食べていた。従って、そばについて豊富な知識があり、ごまかしが利かない。また、曾良日記には羽黒山で芭黄がそばを食べた記述がありますが、江戸でそば店が誕生すると間もなく山形に技術が伝わっています。消費地産地としての粋なそば文化も伝えており、そばの味について妥協を許さない風土がある。タラコは取れないのにメンタイコを生産する博多のように、加工技術が食文化を形成している同じ例です。
素朴さと粋と、そばが持つ文化性の両面を山形のそば文化は備えている。それと、そば店の調理の腕。いつも同じ打ち方、茹で方をしていたのではそばの味はいつも違ってしまいます。気象に応じて自在に打ち方、茹で方を変えられるようになれば、いつも一定の同じ味のそばを提供できるようになるのです。
市街地から現在の滑川地区に製粉工場を移して今年で20年。そばの実の保管、製粉は温度変化、風の動き、湿度に大きく左右されます。そのため、工場移転に際しては、自然環境をまず第一に考えました。そば栽培の適地を「霧下」と言うように、製粉工場の立地も霧が発生しやすい場所がよく、しかも、川霧ではなく、山霧が発生する方が良いのです。製粉の工捏は、「擦る」作業と「振る」作業です。その際に発生する静電気を抑制するのが霧のほどよい湿り気です。
滑川地区は山霧が発生し、午前中は里から山へ吹く風があり、午後は山から里へ吹く風があります。山形盆地を7年かけてくまなく調査した結果、滑川地区を適地として選びました。山形市街地に近く、仙台市にも近い交通の要所でもあります。
昔は石と石を重ねた石臼でそばの実を破きました。そば粉を生産する最も古い工法であり、そばを作るイメージとして定着しています。木の実を割ったり、すりつぶしたり、石器時代に人類が最初に使った道具でもあります。製粉の原点を知ってもらう資料館としての製粉工場は、道具類を単に展示するだけの機能では面白くありません。動きがあり、実際に製粉する工提が分かる工場で、しかも訪れた人が製粉を体験できる工場にしたかったのです。そのため、石臼で製粉する工場にしました。石臼による製粉は能率が悪く機械生産と比べれば10分の1の生産性です。そして、一定の品質の粉を作るのが難しく、馬見ケ崎川の石を削って臼にしましたたが、石がそば粉に馴染むには半年かかります。しかし、10年後、20年後へ向けて山形のそば文化を再構築するため、生産性を度外視して「見る工場」「体験できる工場」にしました。製粉作業の段階に応じて石臼を6ライン設け、手で粉ひきを体験してもらうために手ひき石臼を6基配置しています。
連物としての「石臼舘」は、天井裏と床はすべて桐の木を使っています。桐の木は空気中の余分な湿り気を吸い取り、空気が乾燥した時は水分を吐き出し、館内の湿度を調整してくれるからです。また、屋根は銅板で葺いています。屋根に雨水が当たると緑青が発生し、緑青の銅イオンを含んだ水が軒下に落ちる。そうすると、ナメクジやゴキブリなどの虫が銅イオンを嫌って建物に近づかなくなる。「石臼館」の前庭にはそばを植える畑を設け、清楚で美しいそばの花を観賞できるようにする。手打ちそばブームにこたえて県内のそば店が店の客に手打ちを指導する際に使ってもらおうと、そば打ち道具を備えた研修室も設けました。打ってすぐ食べることができるように厨房を隣接している。展示室では県内の麺業界の製品を並べて見せるようにしたいと考えております。
■ 鈴木 彦市

株式会社鈴木製粉所代表取締役。
明治41年創業。
そば粉を日産10トン(10万食分相当)、東北6県のそば店に供給。山形市内は90%、仙台市は60%のシェア。
3億円を投じ、そば食文化再棟築の場として、エ場敷地内にそば粉の「蕎麦碾處石臼館」を完成オープンさせた。
昔ながらの手引き石臼、国内初の自動コントロール石臼6ライン、20基を設置している。
そば店が客を対象にそば打ち指導を行う研修室を設けています。
 
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