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海坂藩風土記
第2回 海坂はどこにある?

 藤沢周平先生の作品中「海坂もの」といわれる士道小説の舞台は、酒井家十四万石荘内藩の城下町、鶴岡であることに、異を唱える人はいないであろう。

 鶴岡の城下から車で30分程の海岸沿いに、三瀬さんぜという地域がある。昔は豊浦とようらといい、豊かな漁業の入り江が散在していたが、急峻を山が迫っているところである。
笠取峠から見た三瀬港 笠取峠から見た三瀬海水浴場
笠取峠から見た三瀬港 笠取峠から見た三瀬海水浴場

 藤沢先生の作品「三年目」の冒頭にもその様子が描かれている。
 鶴岡の城下から江戸に行くには5つの道筋があり、作品の随所に出てくるが、その一つにこの三瀬経由の道があったのである。町の中から海岸の方へ進んでいくと、左側に細い、急な坂道があり、この坂を昔から蔵太坂と呼んでいた。この急な坂を登りきると、やがて日本海を眼下に見下ろす笠取かさとり峠に至るのだが、私には笠取峠こそ「海坂」にふさわしい場所だと思う。

今も残る笠取峠の登り口 なだらかな上り坂が続く 眼下に広がる日本海
今も残る笠取峠の登り口 なだらかな上り坂が続く 眼下に広がる日本海

 日本海の荒れた日には、海岸から吹きつけられる強風に、旅人の菅笠が飛ばされることから、笠取峠と名付けられたと聞いたことがある。逆に晴天の日には、城下からの見送りの人たちに旅立ちの名残を惜しんで笠を取り、打ち振りながら別れていったに違いない。

 藤沢先生が「海辺に立って一望の海を眺めると、水平線はゆるやかな弧を描く、そのあるかなきかのゆるやかな傾斜弧を海坂と呼ぶと聞いたことがある。」という説明とピッタリ一致する場所なのである。この静かな海辺の町にも、時折藤沢ファンらしき人たちが、蔵太坂から笠取峠を登っていく姿が見られるという。
絶景の場所に立つ東屋と、そこから真下に見える国道七号線 絶景の場所に立つ東屋と、そこから真下に見える国道七号線
絶景の場所に立つ東屋と、そこから真下に見える国道七号線

 この三瀬には、霊亀二年(七十六)創建の気比神社があり、昔は戦勝の神様として栄えたが、今はスポーツ必勝祈願の平和な神社となった。現在は、国指定特別天然記念物に指定され、太古より人の手のつかない神社林(社叢しゃそう)を持っていることでも有名である。
山門を抜けると、神々の祀られた静寂な神社群が迎えてくれる 山門を抜けると、神々の祀られた静寂な神社群が迎えてくれる ブナの林に囲まれた気比台の池
山門を抜けると、神々の祀られた静寂な神社群が迎えてくれる ブナの林に囲まれた気比台の池

 知る人ぞ知る、海坂の風景がここにある。

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2005/09/09
筆者: 心の休憩室 茶房海坂 柴田 東


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