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はじめに
1 金峯山
2 高坂
3 民田
4 湯田川温泉
5 井岡寺
6 小真木
(日枝神社)
7 内川(筬橋)
8 総穏寺
9 大督寺
10 本町二丁目
(七日町)
11 庄内藩校致道館
12 鶴岡公園
13 家中新町
14 内川
(三雪橋)
15 大泉橋
16 龍覚寺
17 般若寺
18 善宝寺
(隔週更新予定)
はじめに

 東京駅から上越新幹線に乗って、新潟駅で羽越本線特急いなほに乗換える。庄内地方の玄関口鶴岡駅で、車窓からの旅を終えて駅舎を出ると、米穀倉庫が並ぶ何故か懐かしい故郷を思い出させる静かな町に出会う。駅舎から少しさびれた商店が並ぶ通りを10分程歩くと、蔦が橋に絡む、時の流れを感じさせる内川に架かる「大泉橋」に着く。大泉橋は奥の細道では、松尾芭蕉が鶴岡から酒田に向かった船着場跡でもある。鶴岡市内を蛇行しながら流れる内川は、藤沢周平の小説に登場する海坂藩の中では「五間川」と呼ばれ、大泉橋は「千鳥橋」と呼ばれている。千鳥橋は、作品「秘太刀馬の骨」のクライマックスで
「五間川はちょうどそこでゆるやかに東に向きを変えているのだが、曲がり切ったところに南から北にかかる千鳥橋の北袂には、橋下の船着場を照らす常夜灯がある。三人はその光をはばかったのである。」
 という素晴らしい描写がある。この名文は、北国の素朴な風景の中に潜む神秘的で幽玄な世界を、叙情的に語っているような気がする。
大泉橋(千鳥橋) 千鳥橋の案内標柱=秘太刀馬の骨
 大泉橋から河岸を少し遡って行くと朱塗りの三雪橋に着く。三雪橋は長編時代小説の傑作「蝉しぐれ」では、冷たい北風が吹き抜ける城下町の寒い午後が描写され、庄内特有の厳しい冬の光景が映し出されているが、雪解けが進み、河岸の柳が芽を吹き、水草が生い茂って、桜が土手を彩る頃になると、平和で豊かな素晴らしい庄内地方の顔がそこにある。
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 内川と三雪橋に霧が流れる遥か金峯山を望むこの付近は、庄内地方らしさを感じさせる景観である。小説の中でしばしば登場するこの地は、藤沢周平の最も好きな風景だったと思う。藤沢周平は、昭和2年12月26日(1927年)金峯山の麓にある、山形県東田川郡黄金村大字高坂に生まれた。青龍寺尋常小学校(現黄金小学校)の頃は、故郷の自然の中で、小川で泳ぎ、魚を捕らえ、田んぼの手伝いをしながら感性豊かに過ごしたようである。

 今でも川や土手、田んぼが広がる風景は、数多くの傑作を生んだ土台であると思っている。
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黄金小学校と金峯山 高坂地区付近の小川や田んぼ
 金峯山を背にした黄金小学校の校庭には、今も土俵があるのが懐かしい。なぜなら昭和初期のスポーツは相撲が全盛期であり、都会の学校にも土俵があったのを思い出すからである。昭和24年(22歳)に山形師範学校を卒業した周平は、郷里の湯田川中学校に赴任し、国語と社会を担当して、2年間の教員生活を経験したことがある。昭和46年「溟い海(くらいうみ)」でオール読物新人賞を受賞したのを皮切りに、作家生活に入り、昭和48年(46歳)の時に「暗殺の年輪」で直木賞を受賞した。その後も精力的に執筆活動を続け、多くの作品を残しているが、平成9年1月26日(1997年)69歳で永眠した。

 藤沢作品は幅広い年齢層のファンがいる。とりわけ、戦後焦土と化した国土の再建に汗を流し、今日の日本経済発展の基礎を作った人たち。今は退職し、静かな余生を送る年代層に絶大な支持を受けている。藤沢作品の多くは海坂藩の出来事が多い。貧困や圧政に耐える庄内人特有の辛抱強さや、山や川などの自然に育まれ、人情味ある風土でささやかに生き抜いてきた土台がある。周平は、本当の豊かさ、人を愛することを優しく諭している。

 徳川時代に布かれた武家制度は、身分や家柄が自由な恋愛を束縛し、派閥抗争など悲劇的な結末を迎えるストーリーが多い。作品の題名からも暗殺・蜜謀・冤罪などが見られるが、刺客・決闘・切腹・罠・反逆・裏切り・密告・暗闘・闇討ち・告げ口・上意討ち・騙し討ち・御家騒動・家名断絶などの言葉がしばしば使われている。上司の命令は絶対であり、生まれながらにして、下級武士や貧農家庭で育った者のやるせなさは、現代においても同様である。

 平凡なサラリーマンとして企業内御家騒動に巻き込まれたり、上下のしがらみから、止む終えず上司の命令で事実を隠蔽したり、上司から失態の責任を転嫁されたりした、苦い経験を味わったことがある。特に官公庁や大企業になればなるほどその傾向が強く、派閥や学閥あるいは主導権を握る上司に正しい意見を具申したり、過ちを諫言することが出来ず、真実の隠蔽に協力するケースが起こる。

 最近の金融再編の騒動や、某自動車メーカーのリコール隠しの事例では、諫言する意思を持った人もいたと思うが、現在の地位を守り、将来や家庭を考えた時に、自分の心を偽ざるを得なかったことは、家名や家族を守る下級武士の心情に良く似ている。藤沢周平の描く主人公は、生まれた環境の中にあって欲は無く、ささやかで穏やかな暮らしを求める平凡な下級武士が多い。晩年になって今までの人生を振り返って見ると、藤沢作品の中での展開が、我が身とオーバーラップするように思うのである。

 藤沢周平の世界に浸るのは、現実と似通った作品中の主人公と、同じ境遇の人生を送ってきた自分とに、共通点があることに気が付くからである。藤沢作品には懸命に生きる日本人の心に問い掛ける優しさがある。郷土を愛し、人を愛し、素朴な人生を称える作風の藤沢文学が、多くの人から絶大な人気を博しているのは、当然のことと思うのである。
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平成17年6月公開「蝉しぐれ」オープンセット=山形県羽黒町
 藤沢作品の最高傑作「蝉しぐれ」の映画化が決まり、平成17年6月に公開される予定である。本年秋には「隠し剣 鬼の爪」の公開が予定され、藤沢周平作品は脚光を浴びている。既に昨年上映された「たそがれ清兵衛」は、国内外から絶賛された名作として高い評価を得ているし、NHKテレビの「三屋清左衛門残日録」「蝉しぐれ」も高い評価を得ている。映画化第3弾の「蝉しぐれ」は、雄大な月山や鳥海山・金峯山が背景にあり、小川や田園風景の美しい、羽黒町松ヶ岡の農地にオープンセットを作り撮影を進めている。

 「蝉しぐれ」は時代小説の最高傑作として高い評価を受けている。多くの人々が、この映画が公開される日を、楽しみにしているように思う。

 藤沢周平の故郷山形県鶴岡市では藤沢周平の偉業を称え、小説にゆかりのある地に18本の「案内標柱」を立てた。私はそのゆかりの地を訪ねてみた。
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[DATA 2004.08.18]


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